2010年2月アーカイブ

#432

地元の駅に巣くう野生のおじさんたちのうちのひとりが、マスクをしていた。しかも、超立体のヤツ。

カゼの予防のためマスクをしていると考えると、まず、駅に住んでいる時点で矛盾しているだろう。
雑踏の中で横になる彼。それじゃあ健康を維持したいがためのマスクは、意味をなさないと思う。

セキエチケットのためにマスクをしているならば、まだ解るか。
彼はすでにカゼをひいていて、セキによるウィルスの飛沫を防止するためのマスクなのだ。多くの人が利用する駅に住んでいる以上、それは必要なことだ。
しかし、セキ「エチケット」。そういった概念が彼にあるのかは疑わしい。あと、その彼の様相から、多くの人は近寄らないと思う。

最後に残ったのは、彼は花粉症であるためマスクをしている、という考察。野生のおじさんも、春の国民病ともいえる花粉アレルギーに悩んでいるのだ。
だが、それはなんかもう、かなしいことである。

野生のおじさんのマスク。
おじさんが野生化することを社会の歪みと捉えるならば、その歪みへのレジスタンスが、そこに集約されているのかも解らない。

#431

しかし、疑問も残る。
果たして「羽」と「異」なるものは『翼』として、よいのか。

前回「米」と「異」なるものはすべて『糞』と位置づけたが、『翼』という漢字には 先のルールは適用されない気がする。「羽」は『翼』の一部だ。漢字の構成を見ても、そうなっている。

そのルールをあてがうと、「米」は『糞』の一部…?
まぁ言わんとしていることは解るが、途中のプロセスが はしょられすぎている感も否めない。「異」の立場もない。

では、「異」の字を中心に、考えてみよう。

「異なる」は、「違う」と似ている。
「違う」を動詞的に考えてみると、「違いをうむ」、つまり「変わる」「変化する」だ。

答えに近づいてきた。「羽」が「変化した」のが『翼』だ。
この「変化」には、成長という肯定的な要素が含まれている。

僕の出した結論は、「米」が「変化した」のが『糞』。
肯定的な要素は皆無だが、それを肯定しなければならない存在感は、ほっかほかだ。

#430

漢字には、いろいろな成り立ちがある。
「木」のそばで「立」って「見」つめる『親』。「水」の「青」さは『清』らか。たくさんの「木」からなる『森』。

その流れで、『糞』は、どう説明づけるのか。

恐らく 日本人にとっての永遠のナゾであろう『糞』という漢字。
「米」と「異」なるものは『糞』。それはあんまりだ。この世界はすべて、米か糞かの二元論で語られるというのか。

善と悪。心と体。白と黒。米と糞。
よほどの食いしん坊で、なおかつ米派の先人が編み出した漢字なのか。「米以外は糞でいい」。
僕らの家族も恋人も思い出も人生もすべて糞。

かといって、「米を収穫しているつもりが、よく見たら糞でした」という故事成語でも困る。
その『糞』の漢字の成り立ちは観念によるものではなく、事実に基づいている。場合によっては 2010年の現在でも起きうる出来事かも解らない。
毎日 美味しくいただいているそれは、ソレだったなんて…。

「米以外は糞でいい」。
このナゾについては、ひとまず そう結論づけよう。

#429

『SM2』というアパレルの店がある。よくショッピングモール等で見かける。

僕はその店を見ると、「スーパーマリオ2…」と思ってしまう。

『スーパーマリオブラザーズ2』。アクションゲームの金字塔である『スーパーマリオブラザーズ』の続編となるタイトルだ。
高い難易度を誇るそれは、多くのゲームユーザーに課題を与え悩ませ突き放し、そして達成感を与え成長・充足させていった。サブタイトルは「for super players」だったと思う。

“土管の隣にマリオが立っていても高頻度の間隔でカオを出す赤パックン”。
スーパーマリオ2 の代名詞でもあるそれを、僕は『SM2』を見ると思い出すのだ。

アパレルの店を見ても、意識の深層から競り上がってくるのはファミコン・ディスクシステム。27歳の今でも、ファミっ子大集合の声が掛かれば 馳せ参じる義務と権利がある。

とは言うものの、『SM2』は「サマンサモスモス」と読む、という事実に笑いを持っていかれている感も否めない。「モスモス」ってデンワしてる勉三さんか。

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1月の中ごろに、会社の先輩から 結婚祝いとして『YES NO マクラ』をもらった。
夜の営みの是非を問うマクラである。

このことについて特筆すべき点はないかも解らないが、この「YES」とハート、初めてじゃない気がしていた。
初見ではないが、『新婚さん いらっしゃい!』において観たことがある というワケでもない。もっとこう、ソリッドな既視感。

そして昨日 寝る前にハッと思い出した。

そういえば過去に、大きく「yes!」と書かれているバッグをかたわらに置いていた女性がいたじゃないか...!(参考 : #310
ソリッドな既視感は、そこにあったのだ。

世の中では『婚活』というコトバが 流行っていたりしていたが、こういうアプローチの仕方もあったのか...!
『O-Net』より『ツヴァイ』より、「yes!」と書かれたバッグだ。ダイレクトであるがマイルドな意思表示を実現している。

ハートまで あしらわれていた、その「yes!」と書かれたバッグ。
僕はもう、その「yes!」と書かれたバッグの女性がいた職場とは違う拠点で働いているが、もし かなうことならば、そのバッグの横に 静かにこの『YES NO マクラ』を置きたい。

その際は、「YES」「NO」どちらを向けても面白いと思う。

#427

仕事中、自席に戻ってきて気づく、何者かのちぢれ毛。

僕はだいたい、ノートを広げて仕事をしている。
IT関係の仕事をしているが、ペンで字を書くのがスキなので、メモなんかはノートにとるのが やりやすい。パソコンにメモを残すのは、なんだか面倒くさい。
だから、ノートを広げておくのだ。

そのノートの上に、何者かのちぢれ毛だ。僕が席を外していた ほんの数分の間に、このちぢれ毛は発生したのだ。
席を外す前、つまり仕事をしているときには、ここにちぢれ毛はなかった。さすがに ちぢれ毛をデスクトップに、仕事をするハズがない。

だが 結果だけを見ると、仕事のメモとして ちぢれ毛を遺しているみたいになっている。

しかも悪いことに、「席を外している間に ちぢれ毛が!」みたいな感じで大騒ぎしてしまった。白々しくなっている。

自宅や学校において「なぜ こんなところに ちぢれ毛が…」と周囲を訝ることはあったが、それはオトナが集う職場でも同じだった。
いや、オトナが集うからこそ、か。

#426

トイレット(個人ブース)に入ろうとしたら、そこが戦場のような惨状になっていることがある。
なかなか筆舌に尽くしがたいので 詳細はみなさまのご想像とご経験にお任せするが、とにかく「うわっ」とならざるを得ない、あんな状態だ。

あの時僕らは、不本意なステップを踏んでしまう。

その状態自体がもう不本意であるというのに、さらには不本意な前後運動。
平然を装いながら 空いている隣の個人ブースへゆっくりと移動するが、内外からのダメージは 甚だしい。

「幸せなら態度で示そうよ」という歌もあるが、僕らには かなしみのステップを孤独に踏む日もあるのだ。

#425

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僕らの原点『ドラえもん』を読み返していた。

こうやって読み返すと、初期の巻数に載っている話のほうが病的な面白さをもっている。擬音とかセリフまわしとかもスゴい。

添付の画像は、6巻に載っていた 漂流するドラえもんのカット。
よく見ると、目がヤバい。

のび太が無人島に家出する話に描かれたカットだが、目のヤバさ、傍らに置かれた空きカンなどが、2010年の現在ではコドモ向けマンガとしては描いてはいけない要素となるだろう。

ドラえもんの道具である『狂時機』でさえも『驚時機』と表記されるようになったいま、本当の面白さが霞んでゆく。

#424

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もう 1週間経ったが、1月31日に結婚式を挙げてきた。天気もよくて、本当にヨカッタ。
添付の画像は、友人が作ってくれた 披露宴のウェルカムドール。こんなステキなアイテムを作る才能があったとは。

そろそろ落ち着いてきたので、この Webサイトもしっかりやっていきたい。


東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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