2008年12月アーカイブ

#291

乳飲料等についている「公正」マークをじっと見ていると 疲れている人のカオに見えてくるが、クチに見える部分がデロデローンってなっているので イーッてなってきて 結局人のカオには見えてこない。大発見!(亀)

本年もありがとうございました。明年もよろしくお願いいたします。
よいお年を。

#290

先日、ついに鼻毛カッターを購入した。
「鼻毛か飛び出すのか 松岡が飛び出すのか どっちかにしてくれ」というクレームをよく受けていたが、その対処も万全のものとなる。

そう思い、調子に乗って鼻毛をカットしまくったら カゼをひいた。
鼻毛カッターが大活躍した、2日後のことだった。

鼻毛もまた、意味もなく飛び出しているワケではない。
ウイルスやホコリなどの外敵から主人を守ろうと、必死に飛び出しているのだ。

健気とは、何か。
健気とは、鼻毛だ。

以来、鼻毛カッターに一定の距離をおく自分がいる。
しばらく松岡は飛び出せない。僕の分まで飛び出すんだ 鼻毛よ…。

だが、飛び出した鼻毛が、一定の距離の先にある鼻毛カッターまで届いたとき――

鼻毛カッターは、再び、舞い踊る。


#289

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来月結婚するにあたり、僕の本籍がある茨城県坂東市役所に 戸籍謄本を取り寄せた。
添付の画像は、それにかかった手数料の領収書だ。戸籍謄本と同封されていた。

「ごくろうさまでした」。

なにー! これは僕に対して「ごくろうさまでした」なのか。
坂東市にはまったく税を納めていないので 大きくは言えないが、なんで上から目線なのか。
これ、坂東市のみなさんは何とも思わないのか。

まったく、こういう些細なところから、公務員批判に発展するというのに…。
そんなことを思いながら肝心の戸籍謄本に目を通すと、衝撃の事実を目の当たりにした。

僕の両親の婚姻日は、昭和45年のクリスマスイブであった。
知らなかった…。

クリスマスイブに結婚とか、そういう要素を微塵も感じさせない両親であるので、この驚きは尋常ではない。
クリスマスパーティーとか実家では一切やったことなかったし、クリスマスプレゼントなんてもってのほかだったのに、なぜ…。

戸籍謄本を見てから“初めて知る”事実というのは往々にして重たいものだと思うが、これに関しては 両親の軽はずみともとれる行動が重たい。

こうなってくると、もう坂東市の「ごくろうさまでした」なんてどうでもいい。


#288

前回の更新で、10月より職場が丸の内になったことをお伝えした。

職場は丸の内の新築ビルなので、環境は非常によい。東京駅も近く、行き交う電車やクルマ、人並みを 上空から見ていると、エグゼクティブ(?)な気分になる。

唯一の難点は、男子トイレが職場フロアに近すぎるところか。

夕暮れになると 自席から夜景もキレイに見えるのだが、不意に耳に入るのは おっさん(サンオツ)のウガイ系のサウンドだ。
この時季はイルミネーションも美しいが、その光景を彩る BGM は「アーッ!」「グゥワーッ!」みたいなサンオツボイス。

明らかな設計ミス。
監督官庁に提出する書類の数が増え 厳しくなったと言われる建築基準法だが、このような惨事をその法のもとで未然に防げなかったとは、立法機関の目はフシ穴であったと言わざるを得ない。

ただ、男子トイレから発せられるトイレならではのクリティカルなサウンドまでは聞こえてこないので、その他のきらびやかな要素も込めて 及第点を与えたい。


#287

10月から職場の場所が変わった。東京・府中の客先から、東京・丸の内の客先への異動だ。
つまり、精神的にも肉体的にも閉口していた JR武蔵野線に別れを告げたのだ。もう悔いはない。

いや、職場が変わってすぐに国内最大級のショッピングセンター・イオンレイクタウンが JR武蔵野線沿線にオープンしたので、それは やや悔やんだ。仕事帰りに寄ろうと企んでいたのに。

職場が府中から丸の内に変わり 地下鉄で通勤できるようになったことが、地下鉄マニアの僕としては単純に嬉しい。
この点についての詳細はまた別の機会に記すが、粗雑な言い方をすると、テンションの上がる出来事ばかりであった。

地下鉄で通勤すること というより、都心部に通勤すること により気付いたのが、電車内のニオイ(オイニー)が違う、ということだ。

都心部を走る地下鉄に乗っている皆さんは、基本的にはいいニオイをさせている。
もちろん加齢に伴う残念スメルを漂わせている方もちらほらいるが(もちろん自身を含め)、JR武蔵野線と比較すると その数の差は歴然である。

思えば、朝の JR武蔵野線に乗るや否や いきなり生ごみ臭に さいなまれたこともあった。生ごみ臭のガムを朝イチで たしなむとか、もう意味が解らない。

前述した「肉体的にも閉口」とは、その生ごみ臭から身を守るための防衛行為のことである。比喩的表現などでは ない。

ただ 自宅は相変わらずの足立区なので、帰宅時は 険しいニオイ(オイニー)の核心に いよいよ迫ってきたな、というところで 下車である。ようこそ生ごみタウンへ!(亀)

#286

「仕事が忙しい、忙しい」と言っていたら、『笑っていいともクリスマス特大号』の存在をすっかり忘れ去っていた。

毎年、年末のいいともスペシャルにおけるタモさんのオープニングアクトだけを楽しみに生きている というふしもあるので、非常に残念。
今年はいったいどのような牧師ネタを、聖地・アルタにて 繰り広げたのか。悔やんでも悔やみきれない。

「忙しい」という字は「心を亡くす」と書く。
その漢字のもつ意味と 得て妙を、改めて思い知ったところでもある。

もちろん、ここでいう「心」とは、「タモさんを思う気持ち(タモ心)」を指す。
忙しいと、タモリがなくなる。タモリがなくなってしまったら、もうお昼休みにウキウキできないのだ。ガラクタも処分処分できない。

さて、年の瀬です。
あなたのタモ心は、いかがでしょうか。


#285


東京メトロ丸の内線の明るい方の発車メロディは、アニメ『おぼっちゃまくん』の CM入り の音楽に似ている気がする。

#284


森三中の黒沢さんが「抱いてくれたらいいのに」を「臭くなるまで10分」と歌い、各方面で話題沸騰である。先日放送の『アメトーーク』でのことだ。

この放送をもって、黒沢さんの“テキトウな歌詞で歌を歌う芸”はある種の完成形をみたといってもいいだろう。クオリティはもとより、爆発力がすごかった。
そのあと彼女は 八代亜紀の歌を「ん」だけでメロディラインもテキトウに歌っていたが、それは決して手抜きではなく 王者の余裕を具現化したものであった。

テキトウな歌詞で歌を歌う、という芸は生前の父もよくやっていたが(『おでんの唄』『蟹の唄』等が有名)、その芸も黒沢さんが極めてしまい、松岡家の者としてなぜか若干の焦燥感を覚える。
脈々と受け継がれてきた(と思う)この芸を、絶やしてはいけないというのに。

そんなある日 ふと黒沢さんのことを調べてみたら、彼女の出身は茨城県であること解った。
僕の父も茨城県の出身である。

“テキトウな歌詞で歌を歌う芸”は、茨城県の伝統芸能ということか…!


#283


先日の日光旅行のお土産を母に手渡した数日後、母からお礼のメールが届いた。お土産ご馳走さまでした、という内容。

でも、「お土産ご馳走さまでした」のすぐ後ろに添付されている顔文字は、“ぷんぷん! もう知らない!”みたいなヤツ。
還暦を目前にして ツンデレか。

ビデオの録画ができなかった母(いまもできない)。
携帯メールができるようになったことは奇蹟に等しいが、そういうテクノロジー的ではないところで間違えるのはいったい何なのか。

以前は母から「ソ連、解体したのいつだっけ?」という内容だけ(件名もなし)のメールが深夜0時前に来たこともあり、いよいよ「IT革命とは何ぞや?」という念を禁じ得ない。
そこは時空を超えなくてもよいと思うのだが。


東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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