2007年8月アーカイブ

#237

職場のトイレ(個人ブース)にタバコのパッケージのフィルムが落ちているのだが、高校かよ!(亀)

#236 GAKI大将

モスバーガーの店舗で、彼女と食事をしていたときのこと。
向かい合って座っていたので、僕はカベの方を、彼女は入口の方を向いていた。

彼女が「ジャイアンみたいな人が来たよ」と言うので振り返って見ると、その視線の先には足立区ならではの太った女性が携帯電話をいじっていた。いい加減 髪を染め直した方がいいだろう、というような感じの女性だ。
彼女の繰り出す相変わらずの辛口批評に、ひとまず「性別から違うじゃん」と、ジャイアンは男子であることを教えてあげた。性別から違うのにそういう例えをするのは、少し失礼だろう。
そういう意味では「ジャイ子みたいな人が来たよ」が正解である。

すると彼女は「違うよ、その奥だよ」と想定外の発言をしたので、さらに深く振り返って見た。

ホントだ。ジャイアンみたいのいた。
あのアタマと体型はジャイアンだ。性別も正しい。

これでは、携帯電話の女性をジャイアンだと決めつけてしまった、僕の方が失礼みたいではないか。彼女も「ホント失礼だよね」と僕を非難する。

なんかみんなごめんね。
でも失敗は成功の母だよ!

#235 大正

大正時代など過去の映像(動画)を観ると、モノクロで若干早送りになっていることが解る。

※【参考動画】大正8年(1919年)東京

僕は本当に、昔は色がない上に みんなの歩くのが速かったのだと思っていた。

「今はベンリになったが、昔は生活が大変だった」という先人たちの話を聞くたび、「昔は白黒だったし、速く歩くのも疲れるよなぁ、それは生活するのも大変だったろうな」などと勝手に思っていたのだ。
ある日、テレビで上記のような大正時代の映像が流されているのを観ている時、母や姉に「昔の人って歩くの速かったんだね」というようなことを告げたところ、「いや、昔の映像はカメラの技術が発達していなくてね…」と とくとくと僕の間違いを修正されたところで初めて、「あ、昔の人でもゆっくり歩いて良かったのか」とある種の安心感を得た。

昔の人は、別に歩くのが速かったワケではなかったのだ。

しかし、昔は色がなくて すべてがモノクロだったワケではない、ということを知るのは、それからしばらく先のことであった。
だって、映像どころか写真まで モノクロだったから…

#234

職場を出てしばらくしたら大雨が降ってきて、タイミング悪いなと思いつつ、折りたたみのカサを差した。
折りたたみのカサは小さくて、カバンはもちろん背中も濡れた。

駅に着き、カサを振って滴を落としていたら、雨が止んだ。
カバンや背中が乾く前に、心もずぶ濡れだ。

気象を巧みに利用した僕へのイヤガラセは、もうこの辺でご勘弁願いたいものである。

#233 白紙

東武線新越谷駅の入口には 大きな階段とエスカレータがあり、そこではよく 英会話スクールのバイトの子や 美容院の子などがビラを配っている。
先日も、いつものようにお兄さんが何かを配っていのだが、そのいつもの雰囲気とは明らかに違っていた。

「紙でーす! 紙 配ってまーす! どうぞ、紙でーす!」

いつものビラ配りのバイトの子より元気いっぱいに、さわやかなお兄さんが “紙”を配っていたのだ。
それは本当に“紙”で、A4 か B5 のコピー用紙であった。両面 白。

普通のビラでさえ受け取る人間は少ないのだ。そのような白紙を受け取る人間は、ほぼ皆無であった。

彼は、何のために白紙を配っていたのか。
どうして あんなにも元気いっぱいだったのか。
「紙を配っている」ということを、そこまでアピールしたのはなぜなのか。

階段を登り改札へ向かう間に いろいろな“?”が脳裏を駆け巡り、僕は薄気味悪くなった。
まさに都市伝説が具現化した格好である。この季節によく耳にする、ありがちな心霊的怪談よりも 僕は恐怖を感じた。

過日、同じ時間帯にその場所を何度も通ったのだが、前述の白紙のお兄さんに遭遇することは、一切なかった。

#232 聖蹟

まず、前提条件としてウチにある固定電話は鳴らない。
2~3ヶ月に一度くらいの割合で「社長はいらっしゃいますか?」という間違い電話がかかってくるくらいである。

もうひとつの条件として、『千の風になって』だ。
この曲は、もはや出オチである。

ある日の夜の出来事。
彼女がフロで件の『千の風になって』を「わたしの~」と、やや大声で歌い出した途端、鳴らない電話が鳴ったのだ。そしてワンコールで切れた。
千の風は社長に商談を持ちかけたかったらしいが、微風すぎた感も否めない。風向も間違っている。

彼女の奇蹟を起こす能力は未だ健在ですよ、というお話。

#231

そういえばデイリーポータルまつりについて「これからだぜ!」とか書いておきながら、その後についてを書き忘れていた。

まつりは終始 よく言えば和やかな雰囲気で進み、いろいろと楽しかった。

特によかったのが、『テーマパーク4096』の小野法師丸さんがお母さまとともに壇上に出演され、過去のデイリーポータルでの記事についてを振り返るコーナー。
「あの法師丸さんが! しかもお母さままで!」と、僕にとってはユメのような出来事であった。

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法師丸さんが学生の頃 くす玉を作って遊んでいた話が展開されると、お母さまは「せっかくの地球儀を半分に割って...」と 呆れた表情でお話されていたのが印象深かった。

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帰り際に林雄司さんに デイリーポータルのキャラクターである Zくんも描いていただき、たいへん楽しめたイベントであった。
法師丸さんからもサインなどを書いていただきたかったが、もう会場にはいなかった(と思う)。
その点も踏まえ、また機会があれば 参加したいと思う。

ただ 残念だったのが、出演されたライターさんの多くのカオと名前が一致しなかったこと。
ハンカチ・ちり紙・入場チケットは忘れず持ってきたが、イベント参加の前提を 置き去りにしてきてしまったのだった。

#230 落ちぶれて、すまん

関東近郊に限ったことかも解らないが、電車の広告には学校関係のものが多い。
その数ある広告の中で僕が気になったものは、田園調布学園大学のものだった。

気になったといっても、広告がどんなデザインのものであったか、コピーやキャッチがどんなものであったかは 毛頭覚えていない。これはちょっと申し訳ないことだとは思うが、本当に毛頭覚えていないのだ。
そう、僕の脳裏には「田園調布学園大学」という学校名しか残らなかったのだ。

これって、おぼっちゃまくんの通っている学校――正確には田園調布学園初等部だが――ではないか。

実在する学校だったのか…!
そのことに驚き、僕の脳裏にこの学校名が残ったのだった。

亀有公園前には交番はなく、東京都練馬区すすきが原(ドラえもんの住む町)も実在はしない。
しかし、田園調布学園大学は実在した。

あとは背中や尻が丸出しの男の子を見つけられれば、もう悔いはない。

#229

229a.jpg

デイリーポータルまつりの開演待ち。
ファーストドリンクは必ず頼むのか!

#228

いつも見ている(そんなにはいつも見ていない)ニフティデイリーポータルのイベントが台場であるので、今日はそれに参加する。チケットがとれてヨカッタ。
どんなイベントなのかはよく解らないが、楽しんできたい。

一方その頃、台場にほど近い国際展示場では、夏コミケが開催されているのであった…。

#227 め☆ME☆めがね

眠い思いをしている早朝、僕は我が耳を疑った。
地上デジタル波対応のテレビが、単に「めがね」を連呼する機械へと 華麗なる進化を遂げたのだ。ついに電波ジャックから始まる大規模なテロが国内で勃発したのか。

しかしそれは、めがね屋の CM だったのだ。まったく思い切ったことをするものである。

http://www.meganestore.co.jp/information/ad/../../cm/07081604.asx
(「メガネ(めがね・眼鏡 )のメガネストアー CMのご紹介」の Webサイトより)

爽やかさのなかに、ちょっぴり切なさも込められているこの楽曲。
僕らが忘れている何かが、ココにはあるよね…。

#226 導かれしオレたち

お久しぶりです。生きてます。すみません。

更新する時間がないので、カンタンに更新できるブログに移行してしまいました。
ブログはあまりスキではないのですが、デザインをかなりいじって 前のサイトのデザインを踏襲して ブログっぽさを極力なくしました。これで ケータイからメールで更新できるので ベンリ!

というわけで また細々とやっつけていきたいので、よろしくお願いいたします。
すみませんが、ブックマークしておられる奇特な方は、変更のほどよろしくお願いいたします。

東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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