2006年3月アーカイブ

#155 50円玉

会社にある自販機の飲み物の価格は、一部を除いてすべて100円である。そのため、その自販機については 100円の商品しか販売していないこともある。
その朝は 僕のサイフに50円玉が2枚入っていたので、それで100円の商品しか販売されていない自販機で飲み物を購入した。

ここで、投入された50円玉の立場で その後を考えてみよう。

商品と引き換えに 暗い自販機内に蓄積されていく硬貨たち。マジョリティは100円玉である。
圧倒的なマジョリティに埋没する 50円玉の肩身の狭さ。さらに言ってしまえば、10円玉なんてかなしみの塊である。何かの間違いとしか思えない。

そこに 千円札がやってきた。まるで恩赦である。人民解放の瞬間が訪れた。
幽閉されていた100円玉たちが 再びお天道さまのもとへと駆け出す。500円玉を筆頭に、100円玉もいくつかが希望と不安を胸に この牢獄を巣立っていった。

そう、それを何度も繰り返し、100円玉のほぼすべてが解放されない限り、50円玉および10円玉に 光があたることはないのだ。それは 革命的なこと。
10円玉に関しては この牢獄に放り込まれた瞬間に 未来への希望を絶っていると思われるのだが、50円玉は 若干 そんな革命を期待していそうでなんとなくタチが悪い。

千円札の投入に ほのかな期待をもつ50円玉。だが、キミに解放の出番は回ってこないのだよ。
やがて 自販機メンテナンスの兄ちゃんに回収されるのが関の山。暗い箱から なんかヘンな袋に入れられる未来が 確実なところである。

50円玉を2枚投入して、そんなことを考えた始業前の僕。
アレ、50円玉って もしかして僕のことじゃないか。

 

アニメの『名探偵コナン』を観ていた。

僕が会社から帰宅してテレビを観たら『名探偵コナン』が放映されたいたところで、物語も終盤に差し掛かり、なんか映画館のような建物が爆破されていた。
爆発に巻き込まれる ランねえちゃん。それをコナン君が助けに行く、という展開だった。

コナン君はシンイチの声でランねえちゃんとデンワで会話し、閉ざされたトビラの向こうのランねえちゃんの状態を知る。
ランねえちゃんはもうひとつ時限爆弾を発見し、その爆弾の回線図を手に入れているコナン君がデンワでナビゲートして爆弾の解体を図る、という流れになってきた。
爆弾に張り巡らされたコードを、ランねえちゃんがなぜか持っていたソーイングセット内のハサミで 切断する。

この時点で 展開がやや強引ではあるが、この直後のコナン君(シンイチの声)の発言に 僕は大きく驚いた。

「いいか、(切る順番を)間違えたら オダブツだぜ...」
記憶が曖昧なので 上記の発言の正確性は微妙なところだが、「オダブツだぜ」は確かである。

この状況下で「オダブツだぜ」は ないだろう。なんでちょっと 面白くする必要があるのか。
仮に「死ぬぜ」という言葉を放送倫理上 禁じられていたとしても、「ヤバイぜ」とかで いいだろう。「オダブツだぜ」は 若干の笑いの要素を含有していると思う。果たしてランねえちゃんは どう思ったのだろうか。

話を戻す。
やがて 最後のコードを切断し 一件落着。そう思っていたところなのだが、当然のように時限爆弾のタイマーは止まらない。驚愕するランねえちゃん。焦燥を隠し切れないコナン君(シンイチの声)。
なんと、回路図には載っていない青と赤のコードが爆弾には隠されていたのだ。片方を切断すればタイマーは止まり、もう片方は俗に言う オダブツだぜ。

そしてここでも、コナン君(シンイチの声)の発言に耳を疑わずにはいられなかった。
「片方は ブービートラップだ!」

そこも「片方は ワナだ!」でいいだろう。放送倫理上 問題もない。
なかなかその状況下で「ブービートラップ」という言葉は出てこないと思うし、やはり若干の笑いの要素を含んでいる。果たしてランねえちゃんは どう思ったのだろうか。
また、この瞬間「ブービートラップ = オダブツ」という公式が はじき出されたことも追記しておく。

というワケで、この日 放映されていた『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』の DVD を TSUTAYA でレンタルし、もう一度 鑑賞しようということになった。
結局 プロモーションに乗せられたのである。見た目はオトナ、頭脳は三歳児とは よく言ったものだ。

 

会社から帰る途中、地下鉄車内のこと。やや疲れた僕のカラダを 車内アナウンスが貫く。

「はい、死ぬまでトビラにご注意ください!」

確かに 僕は小さいころ、よくトビラにユビを挟んでは 痛く悔しい思いをしていた。
赤く変色した指先を見ては よく注意していればヨカッタと、自省の念に駆られていたのである。

小学6年生のころにいたっては どういう仕掛けでそうなったのかよく解らないが、教室のトビラを閉めるときに そのトビラに自らの股間を強打したことがあった。そのトビラは小学校の教室に一般的な、横に滑らせて開閉させるスタイルのものであった。
いま考えても理不尽なその痛みに、それも強烈な痛みに、やりきれない思いで 心は満たされていた。注意してトビラを閉めればヨカッタだけの話である。

また、友人(コダマ君)の大学の文化祭に行ったとき、トビラを開けた反動で放屁してしまったこともあった。
この話は以前 書いた気もするが、友人(コダマ君)の大学の文化祭で腹痛に見舞われた僕は、別の友人(フクダ君)とともにトイレットに向かったのである。僕は先陣を切ってトビラを押し開けトイレットに入ったのだが、トビラのすぐ向こうに人がいたのに驚いたのと トビラの重みが相まって、思わず笛(*1)を吹いてしまったのだ。
「わっ」「Boo!」
このときも 注意してトビラを開けていれば、放屁という大惨事は まぬがれたのかも解らない。

「死ぬまでトビラにご注意ください」。
これはまさしく、僕にとっての最大の標語となるべき言葉である。座右の銘ともなろうか。

ああ! 「閉まるトビラにご注意ください」を聞き間違えたんだよ! なんだよ、疲れてるんだよ! オダブツだぜ!(次回への布石)

 

#152 3月9日と対峙する

今日は3月9日だが、3月9日といえば レミオロメンの『3月9日』である。

この曲は大変にすばらしいもので、彼ら(レミオロメンの人たち)の共通の友人の結婚式に贈ったものだそうだ。
もし自分がこのような曲を贈ってもらえたら、たぶん嬉しすぎて そのまま卒倒し、結婚式が一瞬にして告別式になってしまうことだろう。ご祝儀がお香典に、奇蹟の大転換である。

瞳を閉じれば あなたが
まぶたのうらに いることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私も そうでありたい

これは『3月9日』の歌詞の一部を引用したものだ。いわゆるサビの部分で、僕もよく この部分を口ずさんだり 鼻ずさんだりする。
口ずさんでは「うんうん、いい曲だなぁ」と思うのだが、この一節のラストに 高いハードルがあるのだ。

あなたにとっても~」の部分を どうしても「にとってあなたも~」と口ずさんでしまうのだ。
そして、歌詞が違うことに気づいてもしばらく悩む。「あなたにとって私も? あなたにとって...私も...? そ そうでありたい? 私にとって...あなたにとって私も...?」。
声に出せば出すほど、意味が解らなくなってくる。同じ漢字を何度も書いているうちに その漢字が見たこともない図形に見えてくるのと同じような現象だ。

何ということだろうか。僕には名曲を覚えて歌うだけのアタマもないのだろうか。
ちょっと この歌詞は難しい。いや、レミオロメンの想いは確かに僕に伝わっているし、もちろん 世間一般にも過不足なく浸透しているハズだ。ちっとも難解さは ない。

三田村23歳。こうして カンタンな日本語と対峙する日々である。

 

会社の帰り 地下鉄溜池山王駅のホームにたどり着いたとき、ちょうど銀座線の電車もホームに滑り込んだところだった。
僕は ほくそ笑みながらもやや急ぎ足で電車に乗り込み、空いていたシートを見つけるや否や腰を下ろした。そのときは空いているシートのみしか見ていなかったので、周りの状況など気にしていなかった。

シートに腰掛け、ひと息つくと同時に周りを見渡す。
ちょうど向かいに、絵に描いたようなヤンチャボーイを発見。自らの悪そうなイメージを棚に上げて「悪そうなヤツはだいたい友達」と 言い出しそうなボーイである。

ふんぞり返って座っているヤンチャボーイ。他の乗客たちもやや迷惑そう。
「あ~、東京都港区の直下を走っている銀座線の車内で 足立区っぽいヤンチャボーイに遭遇するとはな...運命なのか...」と思いつつ、そのヤンチャボーイを見るでもなく その向こうの窓あたりをボーっと見ていた。

すると、奇蹟的に ヤンチャボーイと僕の視線がクロッシング。目が合ってしまった。
ヤンチャボーイはそのグラサンの奥から僕に向けて、熱いまなざしを返してきた。いわゆる、「ガンをつけられた」状態である。
反射的に もやしっ子ならではのリアクション、「目をそらす」行為をとった僕。僕には勇気もチカラもないうえ カネもない。ドラクエでいう「おおなめくじ」レベルである。

とりあえず下を向いて身を硬くし、僕は眠りの体勢に入った。自らにラリホーである。戦闘を放棄。

やがて電車は新橋駅に停まり、乗客の大半は降りていった。
そのことを音や雰囲気で察知した僕は、カオを上げた。ヤンチャボーイも降りていっただろうか。僕はその位置をチラリと目視した。

ヤンチャボーイが座っていたところに もうその姿はなく、代わりに50円玉が1枚 たたずんでいた。

まさかの硬貨オチ。こんな『まんが日本昔ばなし』のような結末が 待っているとは。

 

朝、『ズームインSUPER』を点けていたら、耳に飛び込んできた「今日の占い、1位はふたご座!」の声。
僕はふたご座なので有無を言わさず1位である。やった。

大して星占いの類は信じていないのだが、それでも最もラッキーなのはうれしい。今日は、どんなハッピーが巻き起こるやら。

幸先のいい月曜日の朝。意気揚々と出社のために iPod の電源を入れると、出ました、意味不明な画面。
画面いっぱいに広がる、英単語と「$」のマーク。なんかセーフモードで起動した Windows のようである。おいおい、こんな画面見る必要があるのは 会社でだけにしてくれよ。

仕方ないので iPod は家に置き、ため息混じりに家を出る。僕のカラダはレミオロメンを欲していたというのに。
電車の中では、「ッア~ッ!」などの おっさんサウンドがダイレクトに耳に飛び込む。朝の爽やかさのカケラもない、地下鉄日比谷線の車内。

その上、会社の近くで ゴミ収集車に轢かれそうになった。内輪差の恐怖。
世界でいちばん死に近い時間は、朝8時前後であると つくづく思う。

家に帰ってきてこの時間になったが、もちろん ラッキーなことなんて ひとつもない。

 

149a.gif

もうだいぶ時間が経ってしまったが、UFJ銀行と東京三菱銀行が合併し 三菱東京UFJ銀行になった。巨大メガバンクの誕生である。

僕はそのことについて偉そうにクチ出しできるほど 経済関係に精通しているわけではないが(何しろ西千葉三流大学三流学部四流経済学科卒である)、個人的な主観から言えることはただひとつ。このロゴマークがコワイ。

このロゴマークを新聞や街中で見かけると、ちょっとビクッとなる。現代にメドゥーサが現れたかのような衝撃だ。石化の恐怖。
巨大メガバンクであるということを世間に再認識させるためには、これくらいの恐怖が必要なのだろうか。本当にこのロゴマークは恐ろしい。

同様にカラス除けの風船(なんか丸が書いてあるヤツ)もちょっとビクッとなるので、恐らく目玉的な図形に恐怖を感じるのだろう。
いまはもう見かけなくなったが、昔の日立のマークもコワかった。そのコワイ日立のマークを見かけなくなった矢先、この三菱東京UFJ銀行のマークの登場である。僕を陥れようとしているのか。

 

149b.gifのサムネール画像 

これらのマークを考える会議に僕が出席していたなら 全力で採用を阻止していただろうが、もう決まってしまったなら仕方ない。なるべく三菱東京UFJ銀行および昔の日立から目を背けるのみだ。
しかし、裏腹にこうして自身のサイトに貼り付けてしまった僕は ドM であるなあと再認識したところで筆を置く。筆なんて持ってねぇ~!(亀)

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あと、ADSL開通までの顛末は、あまり面白くないうえ愚痴を書き連ねることになり 誰も得をしないような気がしたので、連載を見送りました。
もし続きを読みたい方がおられるようなら、BBS とかに「読みたい! 書かなければ家を燃す」などの書き込みをしていただければ幸いです。でも家は燃やさないでください。

 

#148 3ヶ月間の空白 (1)

「もう読者の方々は誰も、こんな腐れサイト見ていないんだろうな...」と思っていたのだが、コンスタントに1日あたり50人くらいアクセスしてくださっていたようだ。大変ありがたいことだ。

というワケで、NTT東日本のカウボーイたちに振り回されもしたが、どうにかネットが出来るようになり 戻ってくることが出来た。今日からよろしくお願いいたします。

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なぜ、ここまでインターネットが開通するのに時間がかかったのか、その経緯を説明しよう。とりあえず話はそれからだ。
このさき、大して面白くもないわりに長大な話が延々と続くことになるが、僕のことをキライになったりしないで いただきたい。

2005年11月中旬。急に決まった引越しに伴い、それまで使っていた光回線の新居への移設を考えた。
だが、同コースのまま住所変更を行うと かなりの金額の手数料が発生するため、僕はそれまで使っていた TEPCOひかり より、NTT東日本のフレッツ光へのコース変更によって、その多額の手数料支払いを回避しようと考えたのだ。
NTT東日本への光回線開通の申し込み、すべての歯車が狂い始めたのは、いま考えればこのときだったのかもわからない。

光回線の開通には、申し込みから1~2ヶ月かかることは承知していた。ゆえに、引っ越してからすぐ インターネットが使えないことも覚悟していた。
そういった、ネガティブな気持ちに拍車をかけるかのように、光回線敷設工事に関する連絡がNTT東日本側から一切なかったのもまた、事実である。そして11月は終わっていった。
NTT東日本から工事に関する連絡が来るであろう時期は11月下旬。それはプロバイダからの情報であったので かなり確かなものであると信じていただけに、この時点でかなり打ちのめされた気分であった。

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まだまだ続くし今日はもう眠いので 続きは明日にでも書きます。おやすみなさい。
あと、喪中なので新年の挨拶は控えさせていただきますが、今年もよろしくお願いします。

 

東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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