2005年5月アーカイブ

#105 父さん (2)

5月12日、その日の僕はやけに急いでいた。
イヤな予感がしたワケではなかったが、早く実家に行って父さんに会いたいと、かなり強くただそう思っていた。

実家に着くと、父さんは眠っていた。テレビも電気も点けっぱなしで眠っていた。
僕がテレビや電気を点けっぱなしにして眠っていると「もったいないだろ」と怒られるのだが、どうやら自分のことは棚に上がっているらしい。
だがそうやって怒られることも、ガンによって徐々に彼の体力が奪われるうちに、なくなっていた。

いつもだったら父さんが眠っていることを確認すると、すぐに自宅に帰っていたのだが、その日は何か違っていた。父さんが起きるまで、その場にいなければならない気がしたのだ。
僕はゆっくり父さんの横に座り、ボーっとテレビを観ていた。何ひとつ面白くないテレビを、ただ。やがて僕もウトウトした。

トビラが開く音がして、ハッとした。母さんが父さんのようすを店から見に来たのだ。
母さんは、父さんがそういう状態になってしまってから父さんの看病と店の切り盛りとを、ほぼひとりでこなしていた。姉さんの助けもあったものの、その仕事量と精神の磨耗は、計り知れない。
母さんは僕が実家にいたことにやや驚き、そしてホッとしたカオを見せた。母さんと僕との会話で、父さんも目を覚ました。そして父さんは僕を見て「おお、いたのか」と言い、またニコッと笑った。

その日の父さんは、ほとんどしゃべらなかった。体調が良くないのだろう、僕は単純にそう思った。
僕はその静寂を打ち消そうと、父さんに「明日から一週間、寒いらしいよ」と言った。父さんは静かに、「そうなのか」と答えた。
これが、僕と父さんがマトモに交わした、最後の会話になってしまった。

22時くらいになり、僕は店で何か食べてから帰宅しようと立ち上がった。
すると父さんは「ちょっと洗面器を持ってきてくれ」と言った。吐き気を催したらしい。僕は父さんに洗面器を渡し、店に行った。
冷淡なように見えるが、父さんが吐き気を催すことは、闘病生活の中では日常になっていた。

店と実家は隣同士である。僕は1分程度で店に着き、母さんにタンメンを作ってくれと頼んだ。同時に、父さんが吐き気を訴えたことも伝えた。
タンメンを作り上げた母さんは、ちょうど店に客がいなかったので、すぐに父さんのようすを見に行った。

母さんが戻ってきた。母さんは、父さんのことが心配だから店を閉めて看病に徹する旨を僕に告げ、看板の電気を消すよう僕に指示した。
タンメンを食べ終わった僕は、やや心配に思いながらも帰宅した。

 

#104 父さん (1)

「お父さんの子供に生まれて、僕は幸せだったよ」。
父さんにはもうほとんど意識がなかったが、ただなんとなく、うなずいていた。

去年の7月にガンの診断を受けた父さんは、ずっとつらい闘病生活を続けていたのだが、5月23日に亡くなった。65歳だった。
でもその最期のカオには闘病のつらさを少しもにじませず、内から湧いてくる優しさを満面に表していた。本当に、いいカオだった。

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5月9日、僕は会社の帰りに実家に寄った。
駅と僕の自宅の間に実家はあるので、帰宅の前に寄ることは決して面倒ではない。だがその手軽さから、実家に行く機会――つまり、病床の父さんに会うこと――は逓減していた。

僕が実家の父さんの寝ているところにカオを出すと、父さんはニコッと笑った。
僕は父さんにかわいがられて育った。父さんは間違いなく、僕に愛情を持っていた。この世に"絶対"はないのだが、これだけは言える。父さんは"絶対"、僕をスキだった。

父さんは仕事(実家では中華料理屋を営んでいる)がしたくても出来ないこと、僕が実家を出てから寂しい思いをしていること、何かおいしいものが食べたいということ、そのとき点いていたテレビを観て思ったこと、とにかくよくしゃべっていた。父さんはあまりしゃべることはないのだが、その日はよくしゃべっていた。
そのとき僕は「ひとりで寂しいんだろうな」としか思わなかったが、いま思えば、もうしゃべれなくなってしまうことを悟っていたのだろう。父さんとちゃんと会話を交わしたのは、これが最後だった。

やがて父さんは立ち上がり、「腕時計やるよ」と言いながら引き出しを開け、僕に腕時計を差し出した。何のブランド物でもない、しょうもない時計ではあったが、僕は素直に喜んで受け取り、すぐにウデにはめた。「大事にするよ」という言葉も自然に出てきた。

父さんが亡くなる、ちょうど二週間前のことであった。

 

#103 ≒の三角関係

高校のクラスメイトの話。
ある日、コダマ君(仮名)とサトウさん(仮名)のカオが、ワリと似ているのではないかという話題が持ち上がった。

どこがどう似ているという決定打はなかったものの、確かになんとなく似ている。恐らく、ふたりの先祖はどこかで統合されていたであろう。
性別を超えた場所で、それぞれの人相がひとつに集約されていた、そんな気がした。

コダマ君(仮名)とは仲良くしていたので、「コダマ、サトウさんに似てるよな」などと同意を求めたが、コダマ君(仮名)は「そんなことないよ。それよりオレのケータイ(というか PHS )なんだけど...」と、まったく意に介していないようすであった。
コダマ君(仮名)といえば、ふた言目にはカネの話をすることで有名であるが、そんな話をしても喜ぶのは高校の同級生のみであるので、ここではあえて触れないでおこう。

"コダマ君(仮名)とサトウさん(仮名)が似ている"
完成された方程式を根底から覆す発言がなされたのは、意外にもサトウさん(仮名)の方からであった。

「ねぇねぇ、コダマ君ってさ、ウッチャン(内村光良)に似てるよね!」

統合されたふたりの先祖に、突然の伏兵・内村光良が割りいった。

僕らのリアクションは、ひたすらの半笑いのみであった。

 

#102 戦闘、地下深く

都営地下鉄大江戸線で、通勤している。

都営大江戸線は、朝ラッシュ時でも混雑度が低い。
さすがに座席は 100% 埋まっているが、席に座れない人間は各車両2~3人程度で、カラダがひしめき合うそのほかの電車よりも通勤は快適である。
立っている2~3人は、各駅で乗客が入れ替わる際にうまい具合に座れるので、乗客数は適正である。

だが、なまじ電車が空いているために、何らかの要因で席に座れない人間がひとつの車両内で7~8人ほどになると、座席をめぐる血なまぐさい争いが始まるのである。

駅に到着するたびに、つり革につかまっている人間たちは、どの席が空くかギラつく目であたりを見回す。その目はまさにハンターの目。
席が空いた瞬間、急ぐ様子を悟られないように涼しいカオで座る人間。
あからさまなイラつきを見せる、席に座れなかった人間。弱肉強食の世界。
その狩りの舞台はサバンナなどではなく、都営地下鉄大江戸線の車内だ。朝8時すぎからそんなテンションなのである。

『ゆめもぐら』なんて愛称がつきそうになったところを石原都知事が「 NO! 」と突っぱねたのだが、確かにあんな車内に夢はない。あるのは予備校の広告のみである。

 

#101 アリジゴク

ひとり暮らしを始めて、快適であったハズのフロを取り巻く環境に、異変が生じた。

以前からフロをめぐる攻防については記していたが、ひとり暮らしを始めてからは特に問題もなくトイレタリーライフを送っていた。
しかし、その快適なトイレタリーライフに暗雲が立ち込めたのである。

シャワーを浴びていたある日、そのシャワーが熱く感じた。設定温度が44℃であったので、やや熱かったのだろう。僕は給湯の設定温度を40℃に引き下げた。
これなら、ちょうどいいとされる42℃よりも下の温度である、ややぬるく感じるかも解らない。

だが、まだ熱い。なんというか、44℃だったときよりも温度が上がっているような感覚さえある。
僕は思い切って、その機器が設定できる最低温度である35℃にまで温度を下げた。

おかしい、まだ熱い。熱さが尋常ではない。明らかに体温よりも高いだろ、コレ。

そういえば、元 X-JAPAN の YOSHIKI は、東京ドームだかのシャワールームのシャワーが熱すぎたのに腹を立て、リハーサルを放棄して帰宅した、というレジェンドもあった。
そんなことをチラリと思い出したそのとき、シャワーは突然、熱湯から冷水へと変貌した。本当に頭皮が裏返るかと思った。

給湯装置を急いで見てみたところ、主電源が落ちていた。大家さん、壊れてますよコレ!

フロさえ満足に入れない運命を抱えた人生。

 

#100 おひさしぶりです

新人研修として、自己紹介のページを HTML で作っていた。

悲しいかな、こういうサイトを4年近くやっていると、どうも文章に熱が入ってしまう。他の同期が3~4ページで完結させているのを尻目に、僕は15ページ以上作ってしまっていた。
しかも、このサイトよりもはるかに凝ったスタイルシートまで作り上げていた。もうここまで来ると"キモイ"というより"気分が優れない"である。

僕がマヌケ面を引っさげて文章を書いていると、同じ班で研修を受けているヨコサワさん(仮名)が現れ、僕のページを評した。

みたむらくん、文章たくさん書いてるね。ポリマーっぽいね。

なんだそれは、どういう批評だ。ポリマーって高分子のことじゃないか。
それともアレか、「オマエの文章は吸水性ポリマー、すなわちおむつの底面クラスだよ!」というメタファーか。

とりあえず、問い合わせてみる。
「え、ポリマーってなんか水を吸う粒とかのことじゃないっけ?」
「あれ? 詩とか書く人のことを『ポリマー』って言うよね?」

「たぶん、それ、ポエマーだと思うよ」。

 

東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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