2004年12月アーカイブ

そして自分の部屋とユニットバスの大掃除をした。ユニットバスを掃除するうちになんかテンションが上がったので、自分の部屋に関しては、配置換えもした。
30日16時ころから始めて(スロースターター)、終わったのが31日の7時30分である。げんなり。

自分の部屋を掃除していると、カステラの箱に入った大量の写真が出てきた。写真の類いは、大掃除の動きをさえぎる天敵である。
僕も例に違わず写真に見入ってしまい、1時間弱をつぶしてしまった。自らの幼少の姿に微笑む。

しかし、まったく知らないネクタイのオッサンが花束を持っている写真に関しては、リアクションに困った。

見ず知らずのオッサンの華のあろう姿を収めた写真が、僕の机に入っているというシュールさ。
リアクションには困ったものの、とりあえず笑った。まあ、面白い部類に入るだろう。

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というワケで、今年の更新はコレでおしまいです。よいお年を。
余談ですけど、なんで「よいお年を」って、その次に続くであろう言葉「お迎えください」を言わないのか不思議ですよね。

 

彼女の家で大掃除が行われ、それを手伝ってきた。

まずは近所のホームセンターに買い出しである。ゴミ袋を50枚(!)とカビキラーなどを購入した。
僕はホームセンターが大変にスキで、実は彼女の大掃除の道具などそっちのけでメタルラックのコーナーや照明器具のコーナー、文房具などのコーナーをウロウロしていたかったのだが、そうもいかず、後ろ髪を引かれる思いでホームセンターを後にした。
もう少し、蛍光灯を見ていたかった。

そして行われる大掃除。
彼女の部屋からは、小学校時代に図書館で借りた本が出てきた。彼女はいま大学1年なので、実に小学校6年間を超える期間、それは彼女宅に放置されていたことになる。
あと、彼女の部屋からはハサミが3コ、彫刻刀が2セット出てきた。どれだけ刃物を必要としたのか。

どうやら彼女の部屋の9割は要らないもので構成されていたようで、彼女は部屋から出てくるモノをほぼすべて処分していた。
教科書やよく解らないプリントや小物入れやペンやよく解らないモノやハサミや彫刻刀やよく解らないモノ、彼女はそのほぼすべてを面白いようにゴミ袋にブチ込んでいた。まだ使えそうなモノもあったのだが、潔い。50枚のゴミ袋は順調に消費されていく。
そんな中、各所から出てきた硬貨に関しては、ノールックでポケットに入れていた。ちょっと笑った。出てきた硬貨は、総額600円見当に達していた。さしずめ「部屋と刃物と硬貨」である。

やがて部屋はスッキリとしたが、彼女の机の上には爪楊枝がコレとほぼ同じ状態で、燦然と輝いていた。あ、それは要るんだ。
爪楊枝の隣には、確か、飼い犬を撮った写真が飾られていた。もう意味が解らない。

「部屋と爪楊枝と刃物」か。語呂もいい。

 

#059 帰宅+ラッシュ

中学高校と部活をやっていたが、人智を超えたスピードで部活に対するスタンスが素になり、1年も続かずに辞めた。帰宅部みたむらの誕生である。
帰宅部の部員となった僕は、毎日を盛り上がりに欠けたまま生活していた。顔面の筋肉の存在を否定するほどに、表情を失っていた。もう真顔・イン・ザ・真顔。
それが帰宅部である。

やる気が微塵も感じられない言葉である、帰宅。普段着という言葉が似合う、帰宅。

ところがだ。「帰宅ラッシュ」という言葉は、響きからしてこの観念を根本から覆す。

人の波が大挙として押し寄せ、向かう先は自宅。帰宅なのにラッシュなのである。
各人の「家帰りてぇ~」という気持ちが昇華した現象である帰宅ラッシュ。人々は我も我もと小さな電車車両に乗り込み、帰宅する。それが週に5回も繰り返されるのだから面白い。
なんというか、やる気があるのかないのか解らない。

日常に埋もれてしまった「帰宅ラッシュ」という面白い言葉を、間違いなく誰かは最初に記した。僕らはもっと、彼(彼女)を讃えるべきなのである。

 

#058 ヴィ、ヴィエネッタ?

クリスマスの夜、ヨーカドーでチキンや刺身などを買い、自宅でそれらを食した。
デザートにアイスのケーキ(ヴィ、ヴィエネッタ?)を食べたところで、彼女が「おなか苦しい」などと言い出し、気づけばホゲホゲ言いながら寝始めていた。

ひとり現実に残された僕は、漫然と『アド街ック天国』を観ていた。その日は築地市場を特集していた。
やがて番組内では、築地市場に勤める方々がよく使う竹カゴの紹介が始まった。レポーターが、竹カゴ屋の主人に話を聞く。

レポーター「この竹カゴは国産なんですか?」
竹カゴ屋の主人「この竹カゴは岩手で作られているんですよ。岩手のおばあちゃんたちの手作りなんですよ」
彼女「うん」

僕の背後で寝ているハズの彼女が相づちを打った。
おいおいカウガール、おばあちゃんの手作りの竹カゴを存じ上げているのかい? 僕はびっくりして振り返り、彼女を見た。

そこにはクチを半開きにした彼女が、ただムニャムニャと眠っているだけだった。寝言かよ。

あと、その後、世田谷のドンキホーテが燃えた。

 

#057 電話

僕の家では、しがない中華料理屋を営んでいる。
僕が店で夕食の始まりを待っていたら、電話が鳴った。僕が電話に出たところ、電話の声は父さんだった。

「もしもし。ああ、何だオマエか。オマエ、どこにいるの?」

父さんは、確かに自らの意思で僕のいた店に、電話をかけたハズである。だというのに「どこにいるの?」。
まったくもって我が父も底知れない。底知れないのはいいことだが、今年で65歳なので、そのボケがガチでないことを祈るばかりだ。

というか実際、普通に心配した。

 

負けじと奇才である彼女と僕の自宅のエレベーターに乗っていたときのこと。僕は「閉」のボタンを押した。

すると彼女が「いまヘンな音しなかった? 『ブリュリ!』って音したよね?」と言い出した。

エレベーターの「閉」のボタンを押しただけである。どうして「ブリュリ」と鳴りますか。このカウガールはホント無限大だ。

 

シャンプーで洗髪した後、またシャンプーで洗髪してしまった。

気持ちも朗らかに入浴中、僕はシャンプーでの洗髪の後、リンス的なモノ(ト、トリートメント?)で髪の毛を仕上げようとしていた。
その日はそのリンス的なモノの使い始めの日で、どのパッケージがリンスだかよく解らなかったのである。

だからといってテキトウにボトルをチョイスして、中身を手のひらに出したワケではない。何か「コンディショナー」とか書いてあったから、僕はそれがリンス的なモノだと思ったのである。

手のひらにボトルの中身を出し、髪になじませる。
そして、異常なまでに泡立つ、我が頭頂部。リンス的なモノだと思い込んでいたため、その驚きはまた格別だ。

その後、「ゲーッ! リンスないのかよ!」とか叫んじゃったからまたアレである。リンスは浴室の外にあった。

 

#054 天然に勝るものは無し

バイト先(マック臭)のおさかな天国で一躍有名になった人が、以前、『アミノ式』の CM の曲を口ずさんでいた。
「♪燃焼系、燃焼系」と、その彼が何となく歌っていたのを耳にして、僕は「相変わらずアレだなぁ」と思っていたのだが、その続きを聞いて僕は愕然とした。

「♪燃焼系、燃焼系、アミノサプゥ~リ!」

メーカーのカベ越えやがった!

そんな彼は、中途採用で日本マクドナルド株式会社の正社員になりました。

 

#053 never dig them forever

なんで似ているんだろう、「フトモモとフクラハギ」。とっさに聞かれると、どっちがフトモモでどっちがフクラハギだか、判別できなくなる。
「マツ毛とマユ毛」も間違えるし、「ヒジとヒザ」もごっちゃになるときがある。あと中川家弟とベッキーもよく間違える。あとダウンタウン松本に KinKi Kids 剛が近づこうとしている(芸風的に)。

カラダの一部にあり、しかも位置的/構造的に近しい別の二箇所を、両方とも語感の似た言葉で名づけてしまった先人たち。ネーミングセンスのなさに我々現代人は呆れ返る。
特に「ヒジとヒザ」。ココまでくると、もう意図的としか思えない。"「ピザ」って10回言って"に代表される10回クイズが開発されたとき、きっとヒジ及びヒザを名づけた先人たちは天国でしたりガオだっただろう。

そのほか、個人的には「サドルとペダル」も間違える。自転車にふたつついているモノは、アレ、ペダルでいいんだっけ? となってしまう。
負けじと奇才の僕の彼女に至っては、「右と左」でテンパるそうだ。いよいよ本領発揮、といった風情である。僕はまだ、その領域には達していない。

達していなかったのだが、先日、僕は「ポインセチアとポメラニアン」の判別ができなかった。彼女も半笑いだった。
いまでも、どっちが花でどっちが犬か、微妙なところである。

 

#052 中学生日記

『フェニックス』という合唱曲がある。詳細はこちら(リンク先は MIDI が流れるので注意)。
この合唱曲を、中学の音楽の時間に歌った。僕はこの曲の伴奏がスキだった。
この曲の詞を見ていくと、途中に「湧き起こる 風の中から 蘇る 命」というフレーズがある。このフレーズが問題だったのだ。

中学のころである。友達はこの「湧き起こる」の部分を歌うたびに、自らのワキを指差していた。ワキが怒るのだ。
さらに友達は、それに続く「蘇る 命」の部分を、もれなく「蘇る イノキ」と歌っていた。「ボンバイエ」で有名なイノキだ。アゴもしゃくらせていた。

歌い収めたあとの、友達の満足気でいて得意気なカオ。僕は忘れない。

中学のころである。あのテンションはどこから来たのだろうか。
そして全国の中学校では、僕らの歴史を繰り返しているのだろうか。

 

#051 直視☆ザ☆現実

特撮ヒーロー番組に対する幼少期の僕のスタンスは、冷淡なものだったように記憶している。

幼稚園や小学校低学年のころ、いや、もっと大きくなっても、『ウルトラマン』や何とかレンジャーには、男子たるもの興奮するべきだろう。
僕のまわりの友達も、そういう番組の次の日の話題はその番組の内容で持ちきりだったし、プラモデルやフィギュアなどのグッズを集めている者も多く見られた。彼らは間違いなくマジョリティである。

そんな彼らを俯瞰した位置から、僕は言う。
「あの中には人とか入っているし、壊されてるビルは模型だよ?」

いま考えると、ちょっとした心の病気を抱えていそうな幼稚園児だったと思うが、それが事実だったのだから仕方がない。
怪獣などに壊されている世界がウソの世界であると気付いた理由が、「怪獣の存在や街の破壊がニュースでまったく報道されないから」であるところも、やや歪んでいたコドモであったと思う。

僕は幼いとき、確実に確実な現実しか見ていなかった。
しかしハタチを越えた僕は、「授業出なくても単位取れんじゃね?」と、いささか現実から目をそらし始めたのである。まさかのミステリー。未来が怖いよ...!

 

#050 やっと50回目

大学の帰り道、だいぶ前にバイト先(マック臭)を辞めた人に会った。
彼とは同じ電車に乗っていたらしく、途中の駅から下車駅まで一緒に帰った。彼(男前)はいま老人介護の仕事をやっていて、その仕事からの帰路だったそうだ。以下、そのときの会話。

僕「駅から家まではバスとか?」
男前「いや、チャリです」
僕「チャリか~、大変だね。どこに停めてるの?」
男前「え~と、なんつーか...、線路沿いの...」
僕「...?」
男前「...みんなと違うところです!
僕「そうか...。よく解らないけど、人知れずか!(?)」

そこまで漠然とした答えを提示された僕は、「みんなと違うところ」に停めたチャリのもとに戻る彼に対し、50兆ドルの笑顔で「じゃあ、がんばって!」と言うことしか出来なかったのである。

 

(*) 今回の話はかなりダイレクトなシモなので、食事を摂ろうとされている方、特に形状が大便に類似している食物を摂ろうとされている方は、また別の機会にご覧ください。

小学校3年か4年のころ、帰りの会(下校前に催されるホームルーム)で血祭りに上げられたことがあった。

その日の給食はミートソーススパゲティだった。人気の高いメニューである。
僕はサカイ君と並んで給食を配膳していた。サカイ君はミートソースがパスタの上にデコレーションされるさまを見て、ポツリと「ゲリスパ」とつぶやいた。
「下痢スパ」である。

僕はそれを聞きテンションが上がり、「ウォウ(Wow)、ゲリスパ」と言ってみた。小学生にありがちな反応である。サカイ君は半笑いだった。
思えば、サカイ君よりも大きな声で言ってしまったこと、コレがいけなかったのである。

ゲリスパ発言のことなどすっかり忘れた帰宅間際、帰りの会でひとりの女子が挙手した。
「今日の給食の時間、みたむら君がとてもイヤなことを言いました」。ていうかオマエ給食のときはゲリスパ発言に対して素だったじゃねぇかよ。

その後の顛末は読者の想像通りだと思われるので、あえて記しない。
だが、先生の「みたむら君、何て言ったの?」の質問に対して「ゲ、ゲリスパ...です...」と児童の前で再発言しなければならない屈辱に、思いを馳せていただきたい。

このときもサカイ君は、ただ何となく笑っていた。

 

#048 Cross the world well

レポートを書いていた。

教授の書いた本を読み、それについての意見を求めるといった、全国数万人の大学生が「かったりー」「印税で教授丸儲けじゃねぇか」「マジ教科書代に3,000円とかありえねぇ」と唱和するような内容のレポートであった。
また、この本のつまらないこと、つまらないこと! 思わず2回言ってやった。こんな本読むなら、労働白書とか区議会だよりとか読んだ方がまだ面白い。
文才を微塵も感じさせないような内容の本を読むことは本当に苦行で、途中でリトル吐しゃ物が涙腺を刺激しつつ食道を駆け上がったが、何とかこらえた。

そして僕は読破を放棄した。

さて、この本を読まないとレポートは書けない。どうしたものか。
次の瞬間、僕は自分の書いた過去のサイトの文章から、それっぽいものを引っ張り出し、コピペ(逆から読むとペピコ)していた。そしてその文章をさらにそれっぽく書き直した。
ちょこっとだけ読んだ本の内容にも、差異のない文章にはなっている。web上にあるとは言え自分の文章なので、著作権的にも問題はない。

レポートは完成した。芸が身を助けた瞬間である。ホント、文章のサイトやっててヨカッタなあ!(亀)(亀?)

 

#047 判断

深夜、片側2車線の国道は道路工事の影響で渋滞していた。

僕はチャリにまたがり、国道と交差する道路の信号が青になるのを待っていた。国道の信号は当然青で、クルマが2車線をフルに使って通行していく。
しかし、交差点の 100m ほど先で道路工事をしていて、みるみるクルマは列を作っていった。列の末端は交差点まで延び、トラックが一台交差点の中央に停止してしまった。
やがて国道側の信号が黄色になり、交差点中央のトラックは取り残された格好になった。国道を横断するクルマのジャマになってしまうことは避けられない状勢である。

すると、交差点に取り残されたトラックはすぐにウインカーを点け、右折信号の点灯と同時にその交差点を右折していった。国道を直進するハズだったトラックが、である。

クルマをよく運転する人にとってそれは常套手段だったのかも解らないが、僕にとってその判断は目の覚めるものであった。非の打ち所のない判断である。感動した。
仮に僕がクルマをよく運転するようになったとしても、その光景を目の当たりにしないでいたなら、恐らくそういう判断は死ぬまでに思いつかなかったであろう。僕の引き出しに、そういう判断に至るだけの発想はない。
そのトラックを運転していた人が操作したことは、ただ何となくクルマを運転し続けて体得した技術とは思えなかった。そういうことが普通に出来ないと、トラックの運転手とかにはなれないのだろうか。

漫然と信号待ちをしていただけだが、なんだかいい勉強になった。

 

映画『ハウルの動く城』を観てきた。
城の奔走をこの目でしかと観るにあたり、大学近くのシネコンを利用した。僕らは上映前にシネコン内にあった駄菓子屋で駄菓子を買い、城の奔走に臨んだのである。

僕は無性にこんぺいとうを食べたくなったので、こんぺいとうを手に取った。すると彼女が「アレ、こんぺいとうなの? アメとかキライじゃなかった?」と言い出した。
おいおいカウガール、こんぺいとうはアメとは違うじゃないか。こんぺいとうはガリガリと噛み砕き、その食感を楽しむものなのではないか。アメのようなかったるい食物と、一緒にしないでくれ。

僕はクチの中にモノを含み続ける行為を好まない。
ガムは「噛み続ける」という動作を推奨するものなのでクチの中に含み続ける行為にも耐えうるのだが、アメはただクチの中を右往左往させるだけのつまらない食物である。だからアメはあまりスキではない。右往左往するのはハウルの城だけで充分だ。
しかし、こんぺいとうはガリガリと噛み砕き、飲み込む。その強固な物体を噛み砕く行為に、僕は漢(おとこ)を感じるのであって、こんぺいとうがスキなのである。あとあのシンプルな味もスキだ。ハウルの城よりも激しく、アゴが動く。

「でも、ココ(なんか外装に記載されてる表)に『キャンデー』って書いてあるよ。『キャンデー』って!」。
ホントだ...! 「名称 キャンデー」だ...!

こんぺいとうは、アメの一種でした。
あと奔走する城に夢中で、3粒くらいしか食べませんでした。

 

気が付けば12月である。ハタチをすぎると本当に時間の経過が早い。早いというか速い。やはりオッサンになったのか。
12月となり、名目上も気持ちの上でも本格的な冬が到来した。僕は冬がスキなので、「ついに」といった風情である。

冬を愛する人は 心広き人
根雪をとかす大地のような ぼくの母親

ムダに『四季の歌』の一節を引用してみたが、僕の母親は「コレ美味しいねぇ」と晩ゴハンのおかずをほめると、3日くらい連続してそのおかずを出してくるような母親である。
そして、いちいちこんなことを書く僕の心の広さは MD くらいだ。

図らずも、「『四季の歌』テキトウにつくったんじゃねぇのか説」が浮上。

 

東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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