2004年10月アーカイブ

先日セブンイレブンで買い物をした際に、おつりを募金した。僕の募金した52円は、台風23号の被災地か新潟中越地震の被災地の義援金に充てられる。
ふたこと目に「4兆円欲しい」、あるいは他人の誕生日に便乗してまで金銭を要求していた僕が、ここまで成長したのだ。どうぞ褒めてやってください。

僕の募金した52円は、いったいどのように使われるのだろう。日用品や医療器具に変化する、僕の52円を思い描く。被災された方々のお役に立てば、本当に嬉しく思う。
だが、セブンイレブンのサイトを見ると、「お預かりした義援金は新潟県及び台風23号の被災地にお届けいたします。」と書いてある。具体的な現地での活用のされ方は書かれていない。

僕の52円、義援金を輸送するトラックのガソリン代に消えそうな予感。あるいは、トラックの運ちゃんのコーヒー代か。

被災地に届くことなく消えるかもしれない僕の52円。でも、それはそれで僕らしい。なんでもいい、役に立て! 僕の52円!!

 

自宅のフロについて、言わせていただきたい。蛇口よ、なぜオマエはそこまでナイーブなんだ。

自宅のフロ、まあいわゆるユニバ(ユニバーさんのわんわんスタジオじゃぱん)なのだが、その蛇口のひねるところがナイーブすぎるのだ。ナイーブというかナーヴァス。
みなさんの家のフロについてはちょっと解りかねるが、自宅のフロは熱い湯(赤)と水(青)の取っ手を回して、ちょうどいい温度のお湯を精製する一般的なシステムをとっている。水を多く出せば湯はぬるくなり、逆は熱くなる。

自宅のフロは、お湯を精製する際、青い取っ手が1mm程度ズレただけで、大惨事に発展するのだ。
もうホント、1mm程度のズレが悪夢を引き起こす。シャワー使用時においては、頭髪がすべて抜け落ちるかと思うくらい熱い湯が出てくることもあるし、頭髪がすべて抜け落ちるかと思うくらい冷たい水が出てくることもある。あの微妙さは神がかりだ。
ある意味ではあの蛇口はアナログなナノテクなので、内部構造が気になる。半導体とかが使われていても不思議ではない。

きっとアメリカ人ならぶっ壊すだろう、日本人の持ち合わせる緻密さを要求する自宅のフロの蛇口。純粋な日本人だが、いい加減ぶっ壊したい。
アレか、精神安定剤でも蛇口に突っ込めば、オマエのナ~ヴァスさは解決するのか。

 

#023 事故の功績

自宅の近くで午前中に交通事故があった。乗用車タイプのクルマが駐車中のトラックに思い切りぶつかったらしく、乗用車の方のボンネットがボコボコになっていた。幸い、ケガ人などは見受けられなかった。
その「思い切りぶつかった」証拠として、大変に大きな音がしたのである。「ドーン」という音だったか。その音で、寝ていた僕は目が覚めた。事故とは恐ろしいものである。

そして何より恐ろしいことは、その事故で目覚めなければ、僕はバイト(マック臭)に遅刻していたであろう事実だ。

バイトの時刻は12時からで、僕は9時半に目覚ましをセットしていた。しかし僕は目覚ましをこの右手で止め、再び惰眠を貪り始めていたのである。俗に言う「2nd Sleeping」、そう、二度寝だ。
目覚ましの爆音、音量35のテレビの音でも起きなかった(実際は起きて音量を下げたのだが、それは無意識なので起きたことにはならないだろう)僕は、その事故の音で起きたのである。事故の規模を推し測っていただけるだろうか。
事故が発生しなければ、僕は昼の忙しい時間帯にバイト先に穴を開けることになり、何人かの客を取りこぼしていた可能性も考えられるのだ。何より、バイト仲間にメイワクをかけるところであった。不謹慎だが、事故を起こした人、誰だか知らんがありがとう。

「風が吹けば桶屋が儲かる」と同列に、「クルマがぶつかればハンバーガー屋が儲かる」、である。

しかしその日は、バイト先(マクドナルド臭)はとんでもなくヒマであったことを、追記しておく。

 

#022 ていがく

デンワの待受時間が10時間程度になるくらい電池の持ちが悪くなったので、新しい機種に変更してきた。W21Sのフューチャーホワイトだ。パケット停学時代の到来である。変換ミスも気にしない大らかさは、まさにフューチャーホワイト。

新しいデンワを購入したときには喜び勇むもの。購入後、すぐに帰路の電車の中で箱から付属品や説明書を取り出し、僕は至福の時を味わった。ああ、新しい電化製品のニオイがする。
ひとしきり機能を確かめ、再び付属品などを箱の中にしまおうとした。

だが、うまくしまえない。デンワを買うと、いつもこのトラップにハマる。

喜び勇んでいたため、箱を開けた直後、すなわち正しく梱包されている様子を、僕は覚えていない。それぞれの付属品の入っていたくぼみに買った直後と同じように付属品をハメ込もうとするが、最後に箱のフタを閉じるとき、箱が湾曲するのだ。なんかふくらむ。
何度やってもうまく入らない。帰宅後、落ち着いた環境でハメ込んでみてもダメだった。ふくらむ箱は、4次元を意味する時空の歪みにも見えてくる。物理を超えたチカラの存在が、いまここに。

突然に試されるユーザーのIQ。曲がった箱は不合格者の烙印そのもの。不合格者に待っているのは停学、か。

 

#021 ホウジョウ君(後編)

そんなホウジョウ君(仮名)の家は、おカネ持ちであった。

彼の名字のつくアパートや駐車場も多くあったし、なにより、彼の名字を冠したワリと規模の大きなスーパーが、その象徴であった。マルエツ並の品揃えはあったと思う。
まさにホウジョウここにあり。彼の名前を知らない者は、その町にはいなかったのではなかろうか。

僕の家とホウジョウ家はやや離れていたので、小学校を卒業してから、彼の話を聞くことはなかった。彼は私立中学に進み、僕は地域の悪名高い中学で時々体罰を受けながら、過ごしていた。
それでもたまに彼の家の前を通りかかったりして、「ホウジョウここにあり」を目の当たりにしていた。

いつだっただろうか、恐らく僕は大学生になっていたと思う。自宅に1枚のチラシが舞い込んだ。それは、大規模ドラッグストア新規開店を報せるチラシであった。
無類のドラッグストア(のニオイ)ズキの僕である。ドラッグストアそのものもスキであるが。とにかく、そのドラッグストアにも向かわざるを得ない。僕は愛車(チャリ)にまたがり、そのドラッグストアに向かった。

愕然とした。ココは以前、あの「ホウジョウマート(仮名)」があった場所じゃないか。

「ホウジョウここにあり」の場所に、ホウジョウはもう、なかった。あるのは店頭にせり出す5連ボックスティッシュのみである。

ドラッグストアの店頭にせり出すボックスティッシュを見て、ホウジョウ君の机の上にムダに置いてあったボックスティッシュを夢想する。今でもまだ、ホウジョウ君の机の上が汚いことを祈るのみだ。

 

#020 ホウジョウ君(前編)

小学校の給食の時間は、給食当番が給食をそれぞれの児童の机に配膳していた。

ホウジョウ君(仮名)の机の上は、いつもモノでごった返していた。
小学校の教室の机だというのに、何らかのモノで溢れ、机の上に余裕がなかった。ふでばこ、ノート、何か、ボックスティッシュ。ボックスティッシュは要らないだろ、誰もがそう思っていた。

その日の給食の前の時間は、体育であった。体育着や着替えとかがホウジョウ君の机の上には、当然のごとく超然と鎮座していた。拍車をかけて机の上が汚かった。
ホウジョウ君は机の上を片付けることなく、恐らくトイレか手洗い場に向かい、席を外したのであった。

困るのは給食当番の子である。ホウジョウ君の机の上に給食を載せることが出来ない。
仕方なくその子は、彼のイスの上に、給食を配膳した。

教室に戻ってきたホウジョウ君は、ニヤニヤしながら手をハンケチか何かで拭い、ニヤニヤしながら自分のイスに腰掛けた。給食の存在に気付くことなく。

ホウジョウ君は、ケツにけんちん汁のニンジンなどをくっつけたまま、猛然と給食当番に対してキレ始めた。「誰だよイスに載せたヤツ!」。
もちろん、ホウジョウ君を擁護する人間は誰もおらず、むしろホウジョウ君を責める者/配膳した給食当番の子を擁護する者が大半で、僕を含めた残りのクラスメイトはただただホウジョウ君を冷笑するのみだった。

 

#019 ムカつかされ

アイク(キャッシングの会社)のCMがムカつく。

軽快な音楽に乗り、カラダを揺らしながら歩くめがねのサラリーマン風の男。舞台は巨大迷路。
他のサラリーマン風の群集はその迷路に迷うが、主人公の男は太陽(=アイクを比喩したものと思われる)を指差し、さらにリズムに乗り、迷路から抜け出す。
主人公が「計画的に、行かなくちゃ」と言い、ジングル「♪かしこくアイク!」。

まず、そのリズムに乗りつつカラダを揺らすさまがカンに触る。ナチュラルにうざったい。
あと迷路に迷ってる群衆が「こっちだ!」とか言って見事に行き止まりにハマってるのもムカつく。

なにより、かしこくて計画的な人間は消費者金融に手を出さないだろう。

でも、オフィシャルサイトのトップページを見て、そんなイラ立ちも消え失せた。このポージングを見る限り、ガチだ。狙ってる。

10年は昔の話になると思う。初めて「『ガキの使い』という番組はスゴイ」と感銘したときのこと。

正直、僕はダウンタウンを嫌悪していた。どことなく暴力的な芸風が、ちょっと僕に合わないと感じていたのである。
そういう先入観があったものの、そのときの『ガキの使い』の企画は、そんな先入観を瞬く間に取り払い、フラットなフィールド、いや、もうそのときには僕の笑いの好みはダウンタウン寄りになっていただろう、それぐらい素晴らしい企画であった。

僕のお笑い観を180度変えた企画は、なにせ昔のことなので若干の違いがある可能性をご容赦願いたいが、「先に屁をしたものが勝ち」という内容であった。ホントにくだらない。
スタジオにはイモなど屁を誘発する食品が多く並べられ、ダウンタウン等の出演者はそれを食し、ステレッチなどをしながら屁の降臨を待つのである。屁が出そうになれば挙手し、カメラ近くのマイクに駆け寄り、マイク(=カメラ)にケツを向け、その期待が放屁に昇華するのを願う。
放屁が達成されればスタジオ後方のどん帳(幕だったか?)が降り、その奥にスタンバイしていたサンバ隊やチアガールたちが明るい音楽とともに出演者を交え踊り出すのである。本当にくだらない。

その企画を観た僕は、己も誤って放屁してしまう勢いで爆笑した。唾液/大声/涙/屁/ワキ汗など、理性を超えた各種をとめどなくカラダから分泌しながら、笑った。

僕の笑いの根底には、常に『ガキの使い』と"屁"がある。屁ネタで安易に笑っているようであるが、僕の場合は筋金入りなのだ。

 

#017 おしゃぶり

おしゃぶりってスゴイ。

赤ちゃんがおしゃぶりをあむあむしている姿は微笑ましいが、アレは擬似的に乳首を吸っているのだ。
フラストレーションの解決としてのおしゃぶりであると考えると、それはすなわち自慰行為に近しい。生後数ヶ月だというのに、自慰行為である。

そして、そんな自慰行為の器具を我が子に買い与える親。生後数ヶ月だというのに。

電車の中で、デパートで、日常で、はばかることなく擬似的に乳首を吸い続ける赤ちゃん。あなた、街中ではばかることなく自慰行為にふけられますか。
しかし誰もがみんな、記憶に残らないところで堂々と擬似的に乳首を吸っていたのである。そう考えると、もっと自分のカラを破れそうな気がする。

チャリをこいでいるときは、だいたいこんなことを考えています。

 

#016 新宿の耐震性

先日、東京では一夜に二度、地震が起きた。地震は恐ろしいものだ。

しかし、例えば、新宿に多くそびえる超高層ビル群。あの建造物はすべて、1923年に発生した関東大震災級の地震には耐えられるように出来ている。仮に巨大地震が東京を襲っても、東京都庁のビルがガレキに帰すことはない。
そのほかの多くの建造物が、過去に起きた関東大震災のハードルを超えられるようになっているのである。つまり、やがて起きる巨大地震を恐れる必要はないということだ。
そう、建物単体では、関東大震災のハードルを超える。

僕はあえて「建物単体では」という言葉を使った。それらすべてを含有する「新宿」の耐震性はどうなのか、それが解らないからだ。
新宿には数本の地下鉄が走り、多くの地下街が広がり、そして200m前後の高さのビルが地下から天を貫いている。それらが複雑に絡み合って、集積回路のような街をカタチづくっている。
空洞のたくさんある土地に造られた街が、巨大地震で揺れるのだ。その結果は未知数である。もちろんそれだけの街には、極大に人間が集まる。物理を超えたパニックが、引き起こされるだろう。
建物は耐えたが、地盤が耐えられなかった、その可能性もなくはない。あるいは、街は耐えたが、人が耐えられなかった、か。

しかも恐ろしいことに、この仮定は「その時」が来るまで、仮定の域を脱しないのである。まったく、結果が見えない。

さらに恐ろしいことに、この春から僕は、そんなとんでもない街で働くのである。「その時」が来たら、詳細にお伝えしたい。

 

#015 トラウマが増えた夜

部屋の模様がえをした。

模様がえは楽しい。アレをこっちに置いて、ソレをあっちに置いて...と、気分転換にもなるし、新しい部屋を構築していくのが楽しい。
その模様がえにおいて、既存のメタルラックに新しく棚をひとつ増設しようと、家から3kmほど離れたホームセンターで既存のメタルラックに合うサイズの棚を買ってきた。コレでテレビの下にビデオを置ける。
意気揚々と、既存のメタルラックに棚を取り付ける。しかし様子がおかしい。どうしてもうまくはめ込むことが出来ないのである。

単純に、サイズが合わないのだ。恐れていた事態にさいなまれる、楽しかった模様がえ。

うなだれる僕。一緒にいた彼女の表情も曇りがちに。
棚を買いに出かける前にサイズを測ったのに、コレである。僕は何を測っていたのか。サイズの合わないメタルラックの棚なんて、UNKO 以上に使い物にならない。僕の行為はそれを超越した UNKO である。
とりあえず、返品/交換に行ってくるしかない。

しかし、時刻は19時45分。3km離れたホームセンターの閉店時刻は、20時。シビアな現実。

時計を見て「明日でいいか」とひるんだものの、やはり今日中に模様がえは終わらせたい。3km程度なら、何とか15分で間に合う。いや、何とか間に合わせる。
僕はチャリを走らせる決断に至った。免許はあるがクルマはない。
どうにか閉店間際にホームセンターにたどり着き、息を切らしつつ返品と交換のお願いを申し出る。本当にメイワクな客である。客というか UNKO とみなしても不適当ではない。

ところが、求めていたサイズの棚は販売されていなかった。おいおいカウボーイ、どういう虐待だ。

こうして僕は、またひとつトラウマを増やしたのである。アイリスオーヤマのメタルラックを見るたび、焦燥感に駆られる類いのトラウマだ。

 

#014 夏が来れば思い出す

今から10年位前の夏休みだった。明け方前に部屋に姉といると、表から地面を打ちつける、強い雨足に伴った音が聞こえてきた。夏だから窓を開けていて、外の音がよく聞こえたのだ。
その日は雨の予想などなかったが、暑い夏に雨はありがたい。僕は明け方近い時間ということもあり半寝の状態であったが、姉に「あ、雨降ってきたね」と告げた。
姉は「え、雨!? 星出てるのに?」と驚きながら窓に近寄った。僕もやや驚き、ともに窓に近寄った。そして二階から外を見た。

そこには、オッサンが電柱に放尿している光景しか、なかった。

姉はチカラなく「雨、ねぇ...」とつぶやき、部屋から立ち去って行った。
僕は僕のもつ UNKO のような聴力に、ただただ閉口した。

#013 後悔 AFTER 後悔

自分の部屋の蛍光灯がジーってうるさいので、蛍光灯とグローランプを買い換えた。まだ蛍光灯もグローランプも寿命は来ていなかったのであるが。
それぞれを買い求め帰宅して、取り替える。さすがに新品なので明るい。ジーってうるさくもない。いい感じ。

ところが1時間ほどして、またジーって鳴り始めた。悪魔が来たりて笛を吹く。ホント大概にしてくれ。

どういうことなのかネットで調べたところ、こういうことらしい。
元の、上からぶら下がっているアレ自体が UNKO 、ということなのか。もっと早く言って欲しかった。ちゃんと調べてから買いに行けばヨカッタ。後悔に次ぐ後悔。

それにしても、リンク先のサイトの文章がややおかしい。翻訳サイトが吐き出した文章っぽいな。

 

#012 自分以外の9人は同じ色

大学で授業を受けていた。

講師の話など、興味がわかないと身に入ってこないものだ。
そのときももちろんボーっと話を聞いていた。 "listen to" ではなく "hear" である。別の授業のノートをまとめつつでもあったので、より一層磨きをかけて話をボーっと聞いていた。
そんな状態である。聞こえる音(=講師の口から発せられる音)に注意を払ってはいなかった。

しかし、なぜかそのコトバだけはすーっと、カラダに浸透していった。本当に不思議なものである。

講師「ほんと、人間なんて百人十色ですからね」

分母がやや大きい。

#011 更新間隔が空いた

バイト先(マック臭)に行こうと家を出る間際、テレビから興味深い歌が聞こえてきた。

ダイナマイトがヨ ダイナマイトが百五十屯
畜生 恋なンて ぶっとばせ

いま調べたところ、この曲は知る人ぞ知る小林旭氏の楽曲であるそうだ。タイトルも、そのものズバリ『ダイナマイトが百五十屯(ひゃくごじゅっとん)』。ネットは本当にベンリ。
「マイティーな曲」「アキラの男が垣間見られる」などの紹介/感想がネット上で述べられているし、確かに出かける間際、片手間に聞いた感じもなかなかパワフルであった。歌い手こそ女性の方であったが。

しかしだ。150tのダイナマイトでぶっ飛ばされるのは、恋だけではないだろう。
恋を忘れたくて、ダイナマイト150tを炸裂。そして失う多くの概念。待っているのは物理的かつ社会的な死。「ダイナマイトがヨ」とかちょっと面白く言っている場合ではない。

そして、こんなインパクトのある曲を午前中から放映するテレビ東京。

#010 毎日がスペシャル

先日も大学に行く途中の道でうんこが漏れそうになり、かなりヒヤリとした。

その日は彼女と学校に行っていて、彼女が登校中にしきりに「おなか痛い」とつぶやいていた。この時期はトップとボトムの気温差が大きく、おなかの調子をおかしくもしがちである。
そして、どういうワケだか腹痛は伝染する。僕のおなかの調子も時を追うごとにおかしくなっていき、駅から大学までの道の途中で痛みの最高潮を迎えた。高鳴る心臓の鼓動と、手のひらに広がる汗とも汁ともつかない何か。

そして僕は歩く速度を上げた。競歩だ。腹痛及び爆心地(*1)をノックするそれとの、競い合いせめぎ合いである。
その瞬間、みたむら地方に大雨/洪水/暴風/波浪の各警報が発令されたことは、読者の誰もがうなずくところであろう。各警報の具体的な意味は、各々で想像していただきたい。

大学の正門にたどり着くまでに、脳裏を渦巻くさまざまな事象。
もし、大学のトイレットまで間に合うことなく、やっちまってしまったらどうすればいいのだろう。購買でパンツを買うか...? いや、購買で腐臭を撒き散らしながらパンツを買うことは出来ない。うんこを漏らしたのが周囲に丸解りである。「アイツうんこ漏らしたのか」。やがて聞こえる購買内の客の心の声。

そうこう考えているうちに、大学の正門を突破。まさに、みたむらの新ケツ面が描く放物線は、栄光への架け橋だ! である。

僕は大学本館のトイレの個人ブースへ駆け込み、扉を閉め、ズボン及びパンツを下ろし、腰掛ける。それと同時に、大雨/洪水/暴風/波浪警報は解除された。

本当に、毎日がスリリングであり、毎日がスペシャルである。

(*1) 爆心地...包み隠さず言えば、肛門のこと。

焼きたてパンを売る、いわゆる「パン屋さん」の魅力は、店先に無造作に積まれたそれにあると思う。
先日といってもかなり前だが、そういった焼きたてパンを売る店の前を通りかかったとき、透明なビニール袋に入った状態で整然とパンが並べられていて、何となく美味しくなさそうに見えた。

時代の流れから言って、包装された食べ物を売るのが普通である。むき出しのまま売られている食べ物なんて、そうはない。
しかし、パン屋のパンはむき出しで売られているものをトングでつかみ、その後で袋に入れてもらう。それに対して抵抗を感じる人間は決して多くはないだろう。
そして、そのパンはなぜか美味しい。工場でつくられ、包装されて輸送され、末端に届くそれよりも、「焼きたて」の時間差を差し引いても、美味しく感じるのである。それは、視覚によるところも大きいだろう。
普遍からの逆行。それが功を奏している。

やはり人間は、工業製品を思わせる食べ物に対して、潜在的に何らかの拒絶反応を起こすのだろう。「ビニール袋」は、工業製品の代名詞である。
そして、人間は「目に美味しい」ものを求める。屋台の焼きそばは衛生的とは言えないが、視覚的にとても美味しそうに見える。その美味しさとは、清潔かどうかを超えた、五感さえをも超えた、「美味しさ」なのである。

無造作に積まれたパン屋のパン。それ以上、美味しさを彩るパフォーマンスは要らない。

「アルバイト」を初めて「バイト」と略した人って、センスがいい。

普通は短い単語を略すとき、最初の3文字ないし4文字を発音する。「携帯電話」は「ケータイ」。「テレビジョン」は「テレビ」。「マイクロフォン」は「マイク」。
やや長い語、複数語の組み合わせでも、それぞれの最初の文字を組み合わせて発音する。「パーソナルコンピューター」は「パソコン」。「東京大学」は「東大」。「セクシュアルハラスメント」は「セクハラ」。

だが、「アルバイト」は後ろ3文字で「バイト」だ。「アルバ」ではなく「バイト」。奇をてらっている。

昨今の、安易にアタマの文字を切り出して略語化している状況に辟易していたさなかに気付いた「バイト」。センスの良さに脱帽である。
しかも、この二番煎じがカンタンには出来ないのもオンリーワンでいい。「コミュニケーション」を「ション(あるいは「ケーション」)」とは略せないだろう。「バイト」は「バイト」。オンリーワンなのだ。

今日の昼下がり、『ほんとにあった怖い話』の番組宣伝で、「ほんとにあった怖い話」を「ほん怖」と略していたのは、さすがにイタイと思った。「ほん怖」。「 ほ ん 怖 」。センスねぇなぁオイ。正気の沙汰ならば、それ自体がコワイ。
ていうか、公式サイトを見る限り、それがオフィシャルな略称なのか。正気か。

あと、メッセンジャーのアカウントを取得したので興味のある方は登録してくださいね。
tokyo_short_sight@hotmail.com です。

#007 前略 大学より

大学の(数少ない)学友から、

みんな 笑っていいともに井上陽水が出るぞ 早くテレビをつけろ

という内容のメールが届いた。
送信先情報を見たら、複数人にメールを送信しているので、ホントに「みんな」に送っているようだ。

しばらくすると、

ヤバい ゲロかっこいい 素敵! しびれる~

というメールが届いた。
もちろん、「みんな」に向けて。

僕は大学にいるので井上陽水を観ることは叶わず、襟立ジュン市氏にメールを送ったりしていた。
時には、どうしようもならないことだってある。

どうでもいい報告を皆さんにしたので、授業に出よう。

薬局のニオイがスキだ。
大規模ドラッグストアでも純粋な薬局(「処方せん扱ってます」的な)でもいいが、とにかく僕は薬局の店内に漂うあのニオイがスキなのである。爽やかな、清潔な香りである。薬局に行くと数回は深呼吸する。
ホームセンターのニオイもスキであるが、やはり薬局のあの清潔感溢れる香りには敵わない。病院とか診療所とは一風違う、あのソフトな、あの甘美な、あの香り。ニオイについてなのでうまく表現できないのが悔やまれる。

ここで提案だ。「薬局の香り」という名で、あのニオイを再現した芳香剤を開発/発売してみたらどうだろう。僕は間違いなく買う。勇んで買い求める。
「薬局の香り」「ホームセンターの香り」「地下鉄の香り」など、マニア向けの芳香剤を販売してみたらワリと高い反響を得られると思う。僕はその3つならば間違いなく買うだろう。あとそれらに「スーパーの冷凍食品売り場の香り」も追加していただきたい。

しかし「ガソリンスタンドの香り」は、遠慮させていただく。コレはコレで人気を呼びそうだが。

#005 寒い夜

東京に限ったことかも解らないが、すっかり寒くなってきた。冬の様相を呈している。それは言い過ぎ。

コンビニの冷やし麺(ざるそばとか冷やし中華とか)の売れ行きにはあるセオリーがあるそうだ。同じ33℃の日でも、前日が26℃か31℃かでは、まったく冷やし麺の売れ行きが変わるらしい。無論、前日が26℃である方が、2倍近く多く売れるそうだ。
前日から比べて、どちらも当該日の気温は高い。しかし、その「差」によって、人はより暑いか否かを認識するのである。その結果、人々は勇んで冷やし麺を買い求めるのだ。

翻って、今日のこと。
今日は確かに寒く感じる。「冬の様相を呈する」などという表現も飛び出た。今の気温は18℃もあるのに。
12月の方が比べものにならないくらいに寒い。普通に10℃を切ったり切らなかったりする。
でも今日は間違いなく「寒い」よね。

人間はやはり、相対的に物事を判断するように出来ているのであると思う。それも、極めて自分に近い事象から、狭い視野から、相対的に物事を判断するのだ。
このカラを破れば、神さま(田代まさし)にも成れるのだが。

僕は人間がいいです。

#004 おカネ!

コンテンツもそれなりに基礎が出来、いよいよ本格始動といったところである。
だが、まだ足りないものもある。

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  • 切実さ

サイトのことを考えていたハズなのに、後半で現実がカオを出した。「切実さ」とか概念だし。

でもまぁ、いちばん足りないものって、そうですよね。経済的なアレです。資本主義社会を生きていく上で必要なアレです。
では皆さん、ご唱和ください。せ~の、(略)!

このサイトでは、こういう感じでライトにつらつらと文章を書いていこうと思う。基本の文体は常体。

サイト名『Tokyo Short Sight』、すなわち「東京近視眼」には、first にも書いたが、「ひとりの人間が見える範囲なんてたかが知れている」という意味が込められている。
いくら視野を広くしようとしても、日常生活のカベは越えられないし、それを越えたら神さま(田代まさし)ということになってしまう。あきらめるべきところはあきらめた。ミニにタコは出来ない。

だからこそ、近視眼的に物事を見てやろうと思う。
目が悪くても、近づけばいろいろとよく見えるのだ。

僕が、僕の目線で、僕の見える範囲を書いたサイト。それが『Tokyo Short Sight』である。オレがオレがのサイト。それ以上でも以下でもない。

マジメなことを書いてしまったので、【うんこ】とでも書いて、筆を置く。筆なんて持ってねぇ~(亀)。

まったく勉強をしないでいたのだが、あっさりと普通自動車免許を取得してしまった。運で勝ち取ったクルマの免許。
そして取得した免許証に燦然と輝く「普通車はAT車に限る」「 眼 鏡 等 」の文字。

帰宅してきて両親に喜び勇んで免許証を見せたら、母さんが「ヨカッタねぇ」の後、ふた言目に「ずいぶんオッサンに写ったわねぇ」と。

うんこガマンしてましたから。

#001 まだまだ

ほとんど完成していないまま、サイトが始まってしまった。

今日から新しくサイトが始まりました。Tokyo Short Sight です。よろしく。
管理してるのは三田村という人間です。よろしく。

意味を持たない更新。

 

東京異常階段 について

■ 作者:
 文豪きどり
 松岡
 1982/05/29 -
 好きな食べ物は屋台の焼きそば
■ 概要:
 □ 異常階段:
 東京近郊に存在する たぐいまれな階段を紹介
 □ column - TokyoShortSight:
 東京に住むいち人間として近視眼的にモノを見て、そのことについて書いてます
■ メール:
 matsuoka@ijo-kaidan.net

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